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幅広いジャンルをカバーするWHOPLUSで、伝説の人を探そう!
 
さて、今回は冬季オリンピックの歴史に名を残した人物を探してみましょう!

名前のクリックでプロフィールサンプルを表示します

秋野 武夫 (小樽スキー連盟会長)

自作ジャンプ台を作った人
昭和5年母校の小樽中学(現・潮陵高)に20メートル級のスキージャンプ台を自作した。50数年間、ジャンプ指導一筋に多くの名選手を育成。 没後の昭和60年秋野スキー博物館が設立された。

稲田 悦子 (フィギュアスケート選手)

ヒトラーに「○○」と言わせた少女
12歳の小学生ながら冬季五輪の日本女子初の代表としてガルミッシュパルテンキルヘン五輪(ドイツ)に出場。開会式の入場行進に130センチに満たない女の子が混じっているのを見たドイツの元首・ヒトラーは「あの子どもは何をしに来たのか」と尋ねたと言われる。

麻生 武治 (スキー選手)

日本が初めて派遣したスキー選手
昭和3年スイス・サンモリッツ冬季五輪に日本が初めて派遣したスキー選手として参加。 スキーのほか、登山家としてもパイオニア的存在。早大では箱根駅伝で区間新記録を出し、1500メートル日本新記録をつくった。

笠谷 幸生 (スキー選手)

日本人初の金メダリスト
冬季五輪に4回出場し、昭和47年の札幌五輪では70メートル級で優勝、冬季五輪史上初の日本人金メダリストとなる。日本人離れした筋力で、空中フォームの美しさ、中でも着地のうまさは世界一といわれた。

岩田 幸彰 (JOC名誉委員)

札幌五輪招致の立役者
昭和32年から日本オリンピック委員会(JOC)委員を40年近く務める。 東京五輪召致に尽力。また札幌冬季五輪召致では国際オリンピック委員会総会での演説が好評を博し、召致成功の功労者の一人とされた。

猪谷 千春 (IOC副会長・スキー選手)

ミスター冬季五輪
昭和31年のコルチナ・ダルベッツォ五輪の男子回転競技で、日本人として初めて冬季五輪で銀メダルを獲得した。 現在はまた日本人としては2人目のIOC(国際オリンピック委員会)副会長をつとめる。

千北 光徳 (カメラマン)

オリンピックを撮りつづけて・・・
元AP通信東京支局写真部長。昭和35年のローマオリンピック取材以降、夏季・ 冬季 オリンピックを一貫して取材、ロス五輪も取材予定だったが、直前に発病、帰らぬ人となった。「いつでも 、どんな状況でも"キマリ写真"を撮ってくる男」と呼ばれた。

本多 英男 (著述家)

独自の視点でオリンピック辞典を編纂
旧ソ連の「露英スポーツ辞典及び会話集」を手本に一人で「冬季オリンピック四カ国語辞典」を作成。この他にも、日・英・仏・独・露・韓・スペイン語のサッカー用語をまとめた「サッカー7カ国辞典」がある。

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