〜第7回 図書館サポートフォーラム賞受賞〜

菊池 佑 氏

(日本病院患者図書館協会会長、IFLA常任委員)

菊池佑氏 【日本病院患者図書館協会ウェブサイト】
【受賞理由】
岩手県出身。図書館短期大学別科修了。大学図書館勤務の傍ら、1974年日本病院患者図書館協会を設立し、国内の全国調査と欧米視察の知見を踏まえて、わが国初の専任司書担当の患者図書館、県立静岡がんセンター「あすなろ図書館」を実現させるなど、病院患者図書館の調査・研究・普及活動で30年間常にパイオニアとして活動してきた。最近、芝大門(日赤の隣)に「いのちの図書館」を開設する等、活躍はとどまることを知らない。
【受賞のことば】
 正直言いまして、受賞というようなものには全く無縁と思っておりまして、驚いております。私がなぜこの患者図書館というものに関わったかと申しますと、変わり者、ということだと思います(一同笑)。70年代といいますと、高度成長期、つまり日の当たらないところに目を向けることがあまりなかったようで、仕事にせっせといそしんで、当時は病人・患者というのは「穀潰し」という、非常に古い嫌な言葉ですけど、ああいう時代だったのです。まず、その時代になぜこのテーマに向き合って取り上げたかというと、中学の教員をやっていまして、私の立場から言うと”教員に失望した”、学校のほうからいうと”おちこぼれ”ということですよね。図書館の方に身を置くようになり、卒業論文にとりあげたのが患者図書館ということです。当時は、日本ではそういうシステムが――まあ今も確立されていませんが――実態はわかりませんので、英米の文献を読みました。それで結論に達したのが、医療には文化が必要だということです。やがて日本の医療界、病院も、患者中心の医療に目を向けるようになり、患者のための教育文化の必要性を感じる人たちが増えてくる、と確信しました。欧米では図書館司書が患者図書館でサービスをやっている、日本も必ず、まず”もの”を満たして後、”こころ”を満たそうとする時代が必ずやってくると確信しておりました。
 それで大学図書館で勤労しながら研究を、それから1974年には日本病院患者研究会を立ちあげまして、研究の場合は――ここにいらっしゃいますが、京藤さんのおられたアメリカンセンターを利用させていただきました。そういうわけで74年に市民団体、今でいうNPOを立ちあげて、今年で31年になりました。当時は図書館にいる人たちも患者図書館というものをおわかりになる方は少なかったので、まず啓発ということで、日本の国内で、日本で誰が、どの団体がやっているということを調査しまして、『図書館界』に発表しました。そのあと、日本の実態を把握した後、アメリカ、イギリス、スウェーデン、西ドイツ、フランス、ポーランド、一年一国の見学をし、その報告を『図書館界』の方に載せていただきました。ですから『図書館界』の人にお世話になりましたね。たまには『図書館雑誌』にも載せていただきました。
 1986年にIFLAの東京大会、あのときに病院患者図書館セッション――日本の医師とポーランドの図書館司書との――実現に力を貸したという……。前後しますが、1983年に日本で最初の患者図書館の本『患者と図書館』を出版しました。1987年からIFLA常任委員をやっておりまして、90年代にもう一度、それから2000年にもう一度常任委員、というふうに。それで来年は韓国のソウルでの開会が成功するように微力ながらがんばりたいと思っております。
 患者図書館は非常に複雑になっておりまして、教育・文化、いわゆる公共図書館的なものだけではなくて、専門図書館的なサービスも加わっております。つまり、患者、家族、一般市民の方に医療文献を提供することは当たり前になっております。そうなると、今までと違って今度は、患者図書館司書は医療についての基本的知識を学ぶと同時に、医学と医療の動きを常にキャッチし、最新の情報を入手し、更新し、提供するという、非常に目まぐるしい仕事に変わってきております。私も毎日、新聞や雑誌で勉強しております。さて、気が付いたことは、世界の名医がいくらがんばっても絶対治せない病気があることがわかりました。それは、金欠病ですね(一同笑)。それに私もかかっておりまして、私も患者です。私の場合は慢性で、かつ末期的な患者になっております(笑)。これはまあ医学関係の勉強をしている中でわかりましたね(笑)。これだけは治せないのでどうしようもないです。
 ところで、司書専任の患者図書館は未だ全国に3箇所しかありません。一つは静岡県立がんセンター、それから東京女子医科大学病院、それからもう一つは今年の2月にオープンしました島根大学病院、この3つしかないんですよ。それで研修会を開くといっても、3箇所と少なく、しかもお互い遠隔地にある立地条件がありますので……。それからもうひとつ最近は公共図書館から健康とか病気についての質問が増えているそうです。公共図書館の人も、どういうふうに研修を受けたらよいかということで、困っている人が多いということです。去年から図書館員のための医学講座、生理学、解剖学の勉強を始めまして、今年度も実施する予定であります。
このように時代が1970年代と大きく変わりまして、患者図書館もダイナミックになってまいりました。私が静岡がんセンターに患者さんのための図書館を立ちあげるのもお手伝いしましたけれど、その際、図書館の3条件、まず図書館司書、それから図書館資料、まあ予算ですよね、それから図書館施設です。この3つを確保しました。それから図書館の位置、患者さんにとって一番便利な場所、まあ銀座でいうと4丁目交差点あのあたり――玄関入ってすぐの、目にとまるところ、これも要望したんです。そしたら、静岡がんセンターは、ハイいいですよ、って設計図に取りかかりました。新しい時代になったなあと思いました。今までの病院ですと、患者図書館といっても奥の方にあり、職員の方でも知らない。というのも図書館司書が担当しないでボランティアの方ですから、病院の方でも知らない、ということに……。これでは利用者にとっては不都合です。そこで患者にとって便利な場所も重要な条件だと私は痛感していたのです。
 単なる箱ものではなくて、図書館サービス、つまり図書館の機能、これが大事です。なぜこんな図書館の機能とかサービスとか場所とか言ってるんだ、当たり前のことじゃないかなとお思いになる方もいらっしゃると思うんですけど、患者図書館というのはまだ制度化されていませんので、ほとんどの病院では、その時の都合でやってます。だから箱だけあるんです。要は箱ものですね。本棚ならべて無人化というのもあります。これは図書館とは言えません。そういうのを今まで全国の病院で作ってきたんです。そういうのじゃなくて、図書館としての機能を持つ患者図書館というものを作ってくれと要望しまして、静岡がんセンターが受け入れてくれた、やらせてくれたということです。それに刺激されて東京女子医科大学、それから島根大学というふうに続きまして、これが4つ5つ、6つ7つ8つとだんだん増えていくことを願って、活動を続けております。そういうことで、みなさんが考えていらっしゃる図書館とだいぶ違いまして、その初歩的な段階で非常に苦労しております。患者図書館に司書を雇うということを70年代、80年代、90年代、どこもやっておりません。2000年になってはじめて日本に専任司書が登場したのです。私は幸いにも最初の専任図書館司書として仕事をする機会を与えられたのですが、問題点もあります。患者図書館司書というのは医学的知識がないと、十分なサービスができません。それからもう一つは、医師・看護師・薬剤師等の医療者からの信頼の問題があります。どうして医学の素人が……ということもあるのです。ですから患者図書館の担当者は医学の基礎教育を受けて、それから日々勉強していくという繰り返しが必要と痛感しまして、2004年度から「図書館員のための医学講座」を始めました。
 また、「Web患者図書館」というのを2004年1月に立ちあげました。これはどういうものかといいますと、公共図書館とか大学図書館とか患者図書館とかにあります一般向けの資料――一般向けの医学書、医学雑誌、新聞記事切抜きというもののについての書誌的情報、所在情報を載せて、この本はこの雑誌はこれこれの図書館にあるという情報を利用者の方に提供する、というものです。
 そういうことで、今後――すみませんもう一つ、実はもう一つ、80年代から90年代かな、患者図書館の司書になりたいということで司書の講習を受けている方から、よく私のところに問い合わせが来るようになりました。そのときはっと気が付いたんです。患者図書館が増設されていけば、司書の就職口が増える、ということです。これからも患者図書館の活動の際には、図書館の就職口が増えるんだ、という確信のもとやっていきますので、みなさんのご支援をお願い致します。
受賞者(菊池氏・京藤氏・小林氏) 受賞者をかこんで

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