渡辺 美好 氏(元国士舘大学図書館職員・元同大学非常勤講師) 受賞のことば


渡辺美好氏 只今ご紹介を頂きました渡辺でございます。

 この度は図書館サポートフォーラム賞を賜り、誠にありがとうございます。これと言った業績がある訳ではありませんので、賞に値するか否か、甚だこそばゆく感じております。

 何かを調べようとしますと、私達は取りあえず、書誌を使って関係文献を集めます。ですから書誌の利用は、研究の初期段階であると言えます。初期段階で時間が掛かったり、つまずいたりしてはいけませんので、書誌は利用しやすく、求める文献がたやすく発見できねばならないと思います。

 私は、六人の方の個人書誌を作成しました。書誌の作成を開始して数年間は、文献を集めることに夢中でありましたが、文献が集って来て、さて書誌を利用する側に立ってみますと、従来の遣り方に疑問が湧いて参りました。

 それまでに出版された個人書誌の構成は、文献を図書や雑誌記事、新聞記事などの媒体別に分けたうえ、文献の刊行年月順に並べておりました。これでは読みたい文献は中々見つからないのではないか、と思ったのであります。

 個人書誌は元々人物を知るためのツールでありますから、その人の業績や人物像が見出せるように、文献を配置すべきであります。

 そこで私は、「個人書誌はデータによる伝記である」 と言えるように、全体を構成すれば、使いやすいツールになると考えたのであります。

 伝記は通常、特定人物の事実をしらべ、想像や推察を交えながら文章で記載をします。しかし書誌は、正確さが第一でありますから、想像をすべて排除したうえで、データだけを頼りに当該人物の業績や人物像を表現するのであります。

 例えば杉森久英の場合、彼は作家でありますから、小説や伝記、随筆や俳句、書評などに分けて配列をしたうえ、文献一点一点に対し文献番号を与えました。

 作家の方はご自分の作品を度々修正されますので、この文献番号で作品同士を連結させますと、修正した過程を知ることが出来ます。また参考文献と連結させますと、作品の評価を比較・検討することが出来ます。ご本人が第三者と論争していた場合は、論争の発端から終結までを、確認出来るのであります。

 吉田松陰の場合ですが、彼には立派な全集がありますので、著作目録を作成する必要はありません。そこで、第三者の書いた参考文献を集めて、書誌を作成しました。松陰には、尊王愛国者とか、革命家・教育者、ヒューマニストと言った印象がありますので、文献を件名順に配列することにしました。「思想と学芸」「日本人と松陰」「文芸作品」「研究案内」など、三十六の項目に分類して、研究のための新たなアプローチの 視点を提示しました。また文献探索の焦点を絞り込んだため、研究活動の中でこれまで多くを占めていた資料調査の時間が、縮小できたと思います。

 従来、書誌作成は地味で、根気を要する仕事である、と言われて来ました。その個人書誌が、作成者のつかんだ当該人物の全体像や、イメージを表現する場所ということになれば、書誌を作ることは面白く、遣り甲斐のある仕事に変わってくると思います。

 書誌記述の一部である、注記の役割についてでありますが、注記はこれまで、文献の内容細目や図書の形態を詳しく記載するときに使われまして、言わば形式面の利用に留まっていました。要するに文献を利用するための注意や、予備知識を提供する場所では無かったのであります。

 ところで書誌の作成者は、五年、十年、あるいはそれ以上の長期間、関係文献に触れておりますので、その人物に関する様々な情報に接する機会が沢山あります。

 たとえば杉道助の書いた吉田松陰に関する文献があったとしても、何の注意も引かないかも知れません。しかし杉道助が、松陰と仲の良かった兄梅太郎の孫と判れば、事情が変わって参ります。

 梅太郎が明治四十三年、八十三歳で亡くなった時、道助は二十六歳の青年になっておりましたので、梅太郎から松陰の想い出をしっかり聴いていた、と思われます。

 杉道助は大阪商工会議所の会頭であり、関西の財界をリードした立派な人物でありましたので、彼の証言は十分傾聴に値すると思われます。

 私が二十年前に調査した段階でも、松陰に関する文献が三千九百点もありまして、その全てを見ることは困難であります。それが注記の記載を見ただけで、その文献がご自分の研究テーマに必要か否か、直ちに判断出来るのであります。注記を工夫することは、このように研究時間の短縮にも効果があります。

 本日お配りをした資料「読む書誌をつくる」(「文献探索」二〇〇一号掲載)に、注記の記載法について書いておりますので、後でご覧いただければ有り難いと思います。これらの情報が公開されれば、書誌作成者の苦労も生かされるのではないでしょうか。

 これまで無味乾燥と言われてきた書誌が、注記を見ますと色々の発見が出てきまして、結構楽しくなって来ると思われます。

 私が書誌作成に携わって得たつたない結論でありますが、何か参考になれば幸いであります。本日はありがとうございました。