〜第8回 図書館サポートフォーラム賞受賞〜

近江 哲史 氏

(日本企業文化研究所所長)

近江哲史氏 【受賞理由】
「図書館に行ってくるよ」、「図書館力をつけよう」などの著作は、1)図書館に関する広範囲にわたる、並々ならぬ勉強のあとをうかがわせる、2)その勉強で得た知識はよく咀嚼されていて、知恵として結実している、3)親しみやすい文章でその知恵の伝授が図られ、読者に「よし自分も」という気にさせる力を持つ。想像力豊かな図書館の非専門家ならではの仕事である。
【受賞のことば】
私は、「素人が本を書いてきた」ということをお話し申し上げたいと思います。今回私の受賞理由を拝見いたしますと、「『図書館に行ってくるよ』『図書館力をつけよう』などの著作を通じて、図書館利用者、図書館員の双方に、非専門家的な立場から刺激を与え、新しい時代に即した啓蒙活動を行なった功績」ということでございました。私はこれまで十数冊本を書いてきましたが、それは全部素人がやった仕事ということになります。

私は学校を出て、印刷会社に入りました。その時は印刷業界で本は印刷技術の本だけしかありませんでした。私は入社して早々に総務課の勤労をやっておりましたから、新入社員教育の中で、印刷業界の話とか印刷の社会性についての講義をしようと思っても、その参考書が皆無だということに気付きました。それで私は『印刷の社会学』という本を最初に書いたのです。入社七,八年の頃です。それが私の著作の始まりでした。

その後いろいろと仕事を変わりまして、関西から東京へ来て、多くの他の会社の社史を作るという仕事に配置されました。この時はこちらにおいでの末吉さんにお世話になったのですけれども、『社史の作り方』(東洋経済新報社)という本を書きました。これもその頃には類書がほとんどなかった本でございました。

それから『企業出版入門』(印刷学会出版部)を書きました。この頃は企業出版という言葉が少し出かけた時代でございました。

私の勤務時代の前半は、そのように管理部門にいたものですから、いろいろ考えたのですけれど、その頃『経営学入門』という本がブームになりました。あれを皆読んでいましたが、私が思うに、経営学をサラリーマンが読んで会社のために一生懸命勉強したって、自分は搾取されているばかりです。経営者が読むならいいのですが、経営されている人が読んでどうなるのかということを考えていたのです。そこで私は『経営され学入門』というのを考えて、執筆・出版構想を出版社に話したのです。ところが、いくらなんでも『経営され学』というのはまずいと言われまして、こんな本になりました。『管理され上手は出世が早い』(日本文芸社)、とこういう題でございます。でもやはり管理されている人にも、経営学という言葉は魅力があるのですね。続けて出したのが、『絶対残ってほしい人、すぐ辞めてほしい人』(日本文芸社)というものです。

いずれも最初に申し上げましたように、それらの内容のテーマについて私は専門家ではないのです。元々専門などない人間がやっていることですからたいしたものではありません。それから先ほど社史を作る仕事をやっていたと申し上げましたが、この社史というものはご存じのように会社の周年事業であるわけです。五十年で五十年史、百年で百年史というように。そういうようなものですから、社史をやっていると、周年事業というものに関わります。それで『周年事業のすすめ方』(日本工業新聞社)、こういうものを作りました。

個人的な私のライフワークは、佐久間貞一という、今の大日本印刷の前身・秀英舎という会社の創業者に関するものです。佐久間貞一は明治九年に秀英舎を創業するのですが、この人の伝記についてはほとんど研究がされていません。なぜ佐久間貞一が私の関心を引いたかと言いますと、現在、労働基準法がございますが、その前身の工場法というのがあります。私のながく勤めた会社の創業者であると同時に、工場法を経営者の側から成立の促進をしていったと言いますか、労働者保護法の制定に非常に大きな貢献をした人が佐久間貞一なのです。そういう社会的に意味のある人物である佐久間貞一が、無名なのです。これを研究したいということでやってきまして、私の自費出版ではありますが、『工場法はまだか』というタイトルで佐久間貞一の生涯というものを出したことがございます。

定年になってからだんだん暇ができたものですから、図書館に行っておりますと、だんだん図書館というものがいろんな形に見えてきました。ヘビーユーザーと私は自分で言っておりますが、そうしているといろいろなことに気が付くものですから、これをまとめまして、日外アソシエーツに持ち込んだのです。その時、私の考えていた本のタイトルは『ちょいと図書館に行ってくるよ』というものでしたが、編集の方から、「いくらなんでも『ちょいと』はまずい」ということになりまして、またいろいろと揉んでいただきまして、『図書館に行ってくるよ』という題で出していただきました。

ちょっと調子に乗りまして、その次に二冊目が『図書館力をつけよう』。「図書館力」などという言葉はないのですよね。「老人力」という言葉はありますが、あれは消極的な使い方の言葉です。「図書館力」というのは、図書館を使いこなす力という意味で、初級、中級、上級、それから有段者、初段、初段以上の段もあります。この本を2005年の秋に出していただきました。後で気が付いたのですが、2004年に、全く別の意味の「図書館力」という言葉があったのです。これはいわゆる、日本の経済力とかそういう意味の、私の用いたものからいうと逆の立場から使った「図書館力」という言葉でした。なるほど、反対側の立場からの使用もありうるのだと、非常に驚いたのですが、結果的には出版していただきました。

そういうことで次は第三弾を準備中です。題だけ申しますと『図書館は宝の山よ』というものでございます。図書館に対して普通の人は宝の山であるという意識がないのですが、なぜ図書館が宝の山であるというかを述べようと思っています。

結局、私が書いてきた本はどれも専門家ではなくて、素人が書いてきたものです。今回も図書館というものを素人の目線から書いた本でした。雑誌などに書評が十数点出たわけですが、どちらかと言えばほとんど図書館界の専門家の方にご覧いただいていて、「素人というのはこんな馬鹿なことを考えるのか」というような批評がほとんどでした(笑)。ですから私としては恥ずかしいのでございますが。

素人が見ますと、図書館というのは独特の業界です。例えば図書館員のエプロン姿、あれは私には一番抵抗があります。エプロンは、確かに作業として本を運ぶ際にはいいのですが、普通の書店などはやはりお客様に対応する際にはユニフォームがあると思うのです。作業着でお客様の前に立つというのはどうなのかなと思ってしまいます。それから図書館には、奉仕係、奉仕部というのがありますね。これも私は吃驚しました。私は奉仕というと勤労奉仕というような、無償で一生懸命やる、という言葉としか思わないのです。ところが図書館の奉仕部とか奉仕係は給料をもらっているのに、奉仕というのはどういうことかなと、いまだに抵抗があります。

図書館について、おそらく知っていればそんなことは言わないだろうということをたくさん書いていて恥ずかしいのですが、それもそれなりに第三者的立場から見て、という意味で有効であったということで、今回このような賞をいただいて、真に恐縮しておりますが、感謝致しております。ありがとうございました。


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