インターネット時代のレファレンス―書誌・索引とインターネットの活用
2007年11月8日(木) PM1:00〜2:30 於・パシフィコ横浜 第7会場 E206
講師:大串 夏身(昭和女子大学教授)
本稿は、当日の講演内容を記録・再編集したものです。2008年6月末日まで公開します。
目 次
はじめに――変わるレファレンスサービスを取り巻く環境
1.図書館と図書館員の役割と時代の変化
2.新しい技術は諸刃の刃でもある
3.新しい枠組みの社会が来ている
4.単純になる検索・探索方法
5.図書館は可能性を求める場でもある
6.知識や資料、情報を探すことも可能性を求めることである
7.冷静に考えてみると…
8.図書館員はどのような準備が必要か?
9.調べ方の案内の作成と提供
10.職員のトレーニングが必要
質疑応答
配布物:レジュメ(PDF193KB)|や!これは便利だ!インターネット情報源(PDF306KB)
大串夏身教授

 今日は「インターネット時代のレファレンス」ということで、お話しします。レファレンスサービスをこれから日本の中で展開し定着させていくためにものの考え方が重要だと思います。

 今、図書館に対して非常に関心と期待も高まっている。反面、図書館はもう要らないんじゃないかという声もないわけではない。インターネット以前の、パソコン通信を使った、専用回線を使ったオンラインデータベースの時代にもそういう話はありました。コンピュータを使って一発で検索できれば、それでいいんだと。

 しかし、日本の図書館がそれ以降、全くダメになったかと言うと、必ずしもそうではなくて――まあ格差は広がりつつありますけれども――それなりに展開してきた。ただ日本の場合はですね、このところ寂しい話が非常に多くて、一つはレファレンスの件数が軒並み減っている。それから来館者が減っている。貸出は若干伸びているところもありますが…。

 ところが外国の場合、非常に景気のいいお話がいろいろと伝わってきます。例えば、フィンランドあたりでは、年間の国民一人あたりの公共図書館の貸出点数が22点だとか。日本の場合は4点台ですからね。フランスあたりでは、国民的なレベルで読書を進めなきゃいけないといって、国立図書館が各県に貸出センターを設置して、各地域に配本所を設置して、国民にもっと読ませるんだということでやっている。それから、アメリカでも小さな町の図書館で、来館者が2倍3倍に増えているとか。

 それでは日本はどうなっているんだというと、やはり、ものの考え方というものが、必ずしも十分ではないと思うんです。図書館の目的についてもなかなか十分な理解を得られていない。それから図書館員がなかなか確信を持っていないという側面もあると思います。

 今日は「書誌・索引」ということで、少しその辺をお話させていただこうかと思います。私も図書館の副館長をやっておりますけれども、私が副館長をやっている図書館が私の考え方で進んでいるかというと、必ずしもそうではない、まだ、副館長になって1年半ですから――。

 例えば、日外アソシエーツが最近、お出しになられた『CD-県史誌』は買わない。理由は、「現物がないから」とのこと。選書会の判断だったという報告を受けましたけれども、「なるほど、そうか…!」と思いましたね。やっぱりそれは、“そういう風に”図書館学を学んできたんだな、と。これが教える側の問題でもありますが…。

     
 はじめに――変わるレファレンスサービスを取り巻く環境 Top
  1) Googleなどの総合的な検索エンジンの新しいサービス
 

 もう皆さん方もご存じだと思います。Googleなどの総合的な検索エンジンの新しいサービスがいろいろと出てきた。例えばGoogleでは、新刊書をデジタル化をして、キーワードで検索できるようにしてある(Googleブック検索)。ただ日本の出版社はまだ様子を見ていますので、中小の専門書の出版社さんが一部入っているだけです。

 だから、漢字で検索しますと、中国の本ばっかりです、テーマによっては。「なんでこんな中国の本がたくさんあるの」と思うんですけども、Googleは世界を対象にしていますからね。つまり、中国の出版社さんが多く応じてらっしゃるようです。

 それから、Googleなどのロボット型の検索エンジンがこの間やってきたのは、カテゴリーやディレクトリを作ること。やはり一覧の形式で示すといろいろと問題が多いということで、カテゴリーで確実に分かるものは分類(カテゴリー)で探していただく、こういうサービスも始めた。それを充実させているということですね。

 9月に「グーグル革命の衝撃」(「NHKスペシャル“グーグル革命の衝撃” あなたの人生を検索が変える」、NHKエンタープライズ、2007年)というDVDが出ました。あれを見ていただくと分かりますが、会社から請け負って検索結果の上位に表示するというサービスがありまして、いろいろとやって一番上の方に表示させる。要するにインターネットは今まで情報操作がないという幻想が広まっていますが、これは明らかな幻想です。DVDでは2つの情報コントロールの事例が出ています。ひとつは訴訟になっていて、もうひとつは某国が圧力をかけてそうなっているそうです。図書館員としては、GoogleとYahoo!とgooなど、それぞれで検索した結果を利用者にお見せするというふうにしていかないとマズイでしょう。

 
  2) 進む各種データベースの公開
 

 特に電子政府構想の関係で政府そのものと政府系の独立法人のデータベースの公開が進んでいます。単冊やシリーズの調査報告などもどんどんPDF化されて公開が進んでいます。

 例えば、『古事類苑』というのがあります。あれは素晴らしい百科事典です。あれの索引も3箇所で作業が進んでまして、一番最初に公開したのは東大の史料編纂所です。それからデジタル化は京都の国際文化センター。国文学研究資料館でも一部のデジタル化と索引化を進めています。

 中には明らかに「これは出してないだろう」っていうのもあります。米軍が1947年に日本全国の航空写真を撮っているはずです。ところが、国土地理院はまだ一部しか公開していないように思います。

 
  3) 横断検索エンジンの広がり
 

 これは皆さん方も日頃お使いになられているのでご存じだと思います。実験システムなんかで同じようなシステムがあったりして、どちらがどうなのかっていうのはちょっと分かりませんけれど、いずれにせよ両方同じキーワードで検索すると結果が違う。それぞれのロジックにより結果が異なるんだと思いますね。

 
  4) 特定テーマのポータルサイト
 

 特定テーマのポータルサイトが、今、次々と作られつつあります。私がお配りした「や!これは便利だ―レファレンスに役立つインターネット情報源」というリストの一番最後の方に主なものを並べておきました。

 
  5) 新しいレファレンスサービス
 

 「新しいレファレンスサービス」というものが提案されて、日本でもこれから進んでいくでしょう。例えば、テレビ電話などを使ったレファレンスやチャットレファレンスなどです。アメリカあたりでは既に何年も前から始めてるんですけども、図書館側の人的負担が大きいということで、今、見直しの時期に入っているようです。

 
     
 1.図書館と図書館員の役割と時代の変化 Top
  1) そもそも図書館と図書館員とは…
  大串夏身教授セミナー会場

 「そもそも図書館と図書館員とは…」ってことなんですが、図書館は人間が生み出してきた知的な生産物を収集・保存して活用する場ということで、それを活用することによって新しい知識や知恵を生み出してきた。もちろん、人間がそれを活用して、努力をして生み出すということですから、図書館が直に生み出しているわけではないんですけども、そういった意味では“可能性”といえるでしょう。 図書館員はその中で、知的な生産物から図書館の設置目的にあったものを収集して、整理し、保存管理して、利用者とそれらを結びつける役割を果たしてきた。

 例えば、国立国会図書館の「カレントアウェアネス-E」No.82(2006年5月10日)で紹介しているものの中に、アメリカのカーネギーメロン財団がフィラデルフィアの公共図書館で行った調査結果が出ていますが、ひとつには、貨幣的な価値で換算される波及効果は大体、投資経費の3倍から4倍に上る。それだけではなくて、住民にいろいろと尋ねた結果、やっぱり地域社会の質、それから個人のいろんな仕事や生活の質を上げるのに非常に寄与している。

 ここが重要です。つまり、図書館というのは貨幣的な価値だけではなくて、人間個人の精神的なレベルから、仕事や生活、地域社会のありようなど、そういった質の向上に寄与している。結局、それを図書館員がきちんと目に見える形で、住民なり他の方々に積極的に主張していかないと、誰も言わないことになります。図書館側からのサービスの展開によっては非常にいい効果をもたらしていると。

 
  2) 学問の水先案内人
 

 2番目は「学問の水先案内人」ということです。これはピーター・バーグの『知識の社会史』(新曜社、2004年)に書いてあるんですけれども、18世紀のイタリアでは図書館司書が必要だという議論の中で、単に資料を人と結びつけるだけでなく、積極的に、もっと深く、学問の水先案内人としての役割が司書には期待されていた。これは現在でも同じことです。

 我々は知識というものに関わる仕事をしている以上、知識の生産の現場の最先端がどうなっているかということについては、いつもきちんと注意を払っておく必要がある。それを自分の仕事の中に折り込んでいく必要があるわけです。アメリカの大学図書館あたりでは、実際に教授と同じような資格で学生を教えている。つまり、資料の探索であるとか、情報の探索であるとか、それを編集する方法であるとかいうのを教えています。当然それぞれの分野のある資格を持った人たちが教えていますので、そういったことは常に問題になりますね。

 
  3) 近代・現代社会では…
 

 近代・現代社会では、社会構造が複雑化して、それぞれの社会集団の求める各種の図書館が作られるようになり、それぞれの館種の図書館職員は、利用者の求める要求に合わせて、資料を収集し、整理・管理して、提供するようになった。近代・現代社会という新しい大衆社会が到来したということで、図書館が館種別に分かれて、 設置目的にあった資料等の提供とそれに付随するサービスを提供することによって社会的な役割を果たしてきた。

 
  4) 新しいサービスの仕組みを作る
 

 4番目は「新しいサービスの仕組みを作る」ということです。つまり、既存の仕組みではなかなか図書館が社会の期待に応えていくのは難しくなってきた。現代社会では、これから新しいサービスの仕組みを作っていく必要があるだろう。現代は「情報革命の時代」だと言われている。知識と情報の革命の時代を先取りして、日本でもu-Japan政策をつくって、次々と知識を創発する社会(ユビキタスネットワーク社会)を作り出そうと、政府が仕組みづくりをしているわけです。

 「情報革命の時代」は、過去に2度あったわけです。1度目は紀元前7世紀にギリシャで始まったと言われてますけれども、話し言葉をそのまま書き取る技術を開発した。それまで人間の頭の中に入っていたことがパピルスに書かれるようになって、いろんな所で交流して、新しい知識が次々と生まれて、それでギリシャ文明が登場してきたと言われます。このときに巨大な図書館が出来上がってきます。その最たるものが、アレクサンドリアに作られた巨大な図書館です。次が1450年代の活版印刷。これが新しい情報革命の基盤になった。ヨーロッパ社会に巨大な図書館が出来上がってまいります。

 過去2回は図書館が巨大化することによって、図書館というものが社会的に新しい役割を与えられて、注目された。それで図書館の職員=司書が活躍する場が与えられた。現代はどうなんだというと、コンピュータ通信ネットワークという新しい社会的な基盤が登場してきて、世界的な規模での情報の流通、知識のやり取り、交流・交換が可能になった。過去2回との決定的な違いは、そういった新しいものを生み出すにしろ、探すにしろ、知識を蓄積するところが図書館ではなくなったということです。ネットワーク上のコンピュータのハードディスクの中にどんどん情報が蓄積されていくという時代に入ったわけです。一方では、出版物が増え続け、図書館にも入れなくてはいけない。 こういう時代に図書館は従来のようなシステムと方法では多分、対応できない。最近、盛んにハイブリッド図書館とか言われますけども、それは現象的な話です。

 
     
 2.新しい技術は諸刃の刃でもある Top
  1) 仕事の効率は高まった
 

 新しい技術が登場してきたときには、それは常に「諸刃の刃」です。 図書館員にとって、コンピュータとデータベース、インターネットの登場は、仕事の効率を高めるとともに、仕事の内容を大幅に変えることになった。書誌ユーティリティの登場は、資料整理の仕事を簡略化した。

 
  2) 検索は容易になった
 

 コンピュータを使うことで検索方法も容易になり、単純になる傾向にある。インターネットの登場はそれに拍車をかけた。ある意味では、図書館員はもういらないという話さえ出てきている。もう一方では、この間、各図書館でレファレンスの件数はずーっと減っている。レファレンスだけではなくて、図書館間の相互協力、お互いのコピーのやり取りなども減っています。

 ただ日本だけは、外国と比べるとILL(Inter-Library Loan)の件数はちょっと違うんですね。英国国立図書館のコピーサービスなども件数がどんどん減っていますが、日本の場合はむしろ若干増えている。それは簡単に言うと、厚生労働省がいけなかったんですね。つまり、大学に看護系学科を作ったときに図書館の整備をやらなかった。そのために全国に6大学、これを整備した大学があるわけですよね。北海道の天使大学などが看護系の雑誌を持っていますので、コピー依頼が殺到している。本来、電子的な形になったら、どんどん減っていかなくてはならないわけですけども、日本だけが増えている。大学図書館の整備の仕方に問題があるのです。

 かつて、コンピュータとネットワークが普及すれば、図書館員はいらなくなるという予言をした情報学者がいましたが、彼の予言が当たりつつあるかのように思われます。他方、当時それに対して、情報量が増えれば増えるほど、それらから的確、かつ効率的に情報を探し出すことが難しくなり、図書館員はますます社会的な期待を集めるようになるという対論が出されたが、これもまた現実のものとなりつつあるようにも思われます。

 
     
 3.新しい枠組みの社会が来ている Top
  1) 情報を活用すること――光と陰
 

 社会的に見れば、インターネット上の情報を検索・活用することを誰もが試みるようになりつつある。そうした意味で、誰もが自分で探すことができる時代が来た、と言えるでしょう。他方、情報が満ちあふれ、その中から的確に求めるものを探し出すことが難しくなりつつあるのも事実です。

 情報を活用すると、やはりこれにも光と影があります。影の部分は、いろいろありますよね。ウイルスから始まって、ネット上にはいろいろと、これは明らかに故意に人をだますためにやっているんじゃないかな、というようなものさえあります。レファレンスの演習をやっていると、学生がそれに引っ掛かって、「こういうのがありました」と嬉しそうに持ってきます。見るといかにも「週刊現代」風の表紙で、 「おお、そうかぁ」と思って、よくよく調べてみると、そういった雑誌は出ていなくて、表紙だけなんです。

 
  2) 新しい枠組みへの対応の必要
 

 その中で、社会的な仕組みとして、こうした状況に図書館が介入して、一定の役割を果たすことができるようになるか、それとも手をこまねいて見ているだけに終わるか、それは図書館側の姿勢・試みにゆだねられていると言えるでしょう。従来型のサービスの方法や人の育成の方法では無理。社会全体が変わっていますから、図書館もそれなりに、創造的な試みをいろいろなところでやっていく必要があるんじゃないかと思います。生き残るために既存の組織は新しい枠組みへの対応が必要となっている。

 昨日、ネットアドバンスの方のシンポジウムで、ハワイの図書館員の方にお越しいただいて、お話していただきました。「図書館の未来はあるのか」というふうに3人の方に聞いたところ、3人とも「図書館の未来はある」と回答しています。自分がいろいろと企画して考えたことが、次々と新しいテクノロジーを使って出来ていく。そういうサービスや利用者教育ができる。それが図書館の可能性をさらに広げていくんだという話で、「ああ、そうかぁ」というような思いがしました。

 これからは、図書館というものの可能性が一層高まるような社会がたぶん来るだろうと思います。そこで一番重要なのはやっぱり図書館員だろうと思うんです。やはり図書館員が知識や情報、ドキュメント…資料をですね、いかに利用者と結びつけるのか、その結びつける方法がいろんなレベルであるわけです。そういったものを図書館員がそれぞれの現場で考えて、開発をしながら、利用者に提供していく。そういったことが行われると、図書館のこれからの可能性をますます高まっていくんだろうと思います。

 
     
 4.単純になる検索・探索方法 Top
  1) 知識や資料、情報の保存の場は複雑になった
 

 図書館が知識や資料を保存・活用する場としては変わらないにしても、知識を保存する場が図書館だけではなくなった。その場がネットワーク上に作られ、それらがネットワークによって結びつけられ、誰もがアクセスすれば知識や資料を入手できるようになった。図書や雑誌という形態は依然として一定の役割を果たし続けるので、それはそれで、刊行されるでしょうが、知識を入手できるのはそれだけではなくなったわけです。そういった意味では、知識や資料、情報を探す側からみると、複雑になったと言えます。

 例えば、ある印刷物があって、国立国会図書館が持ってるっていうのは分かるんだけれども、「手に入る方法はないか」と訊かれたとき、ネットですぐにダウンロードできる場合もある。そうすると、国立国会図書館まで行って入手する手間が省けます。

 
  2) 検索方法は単純化したが…
 

 検索方法は単純になりました。 しかし、それが正しいあり方かというと、怪しい。 12,3年前、コンピュータ化が進み始めたときに、『ある図書館相談係の日記』(大串夏身著、日外アソシエーツ、1994年刊)を読んだ、神様みたいなベテラン先輩司書がニヤッと私の顔を見て「大串君、君の調べ方は、コンピュータに向かって専らキーワードを入れるだけなんじゃないの」っていうふうなことを言われました。「君は整理をやったことがないからな」とも言われました。つまり、分類と件名がよく分かってないよな、という話なんですね。 資料の探索は、分類番号や件名なども駆使して行われるものだということです。

 
  3) すべてはGoogleからはじまるでいいのか?
 

 インターネットが出てきて、益々調べ方が単純になってきている。 図書館の現場では、 何かというと、OPACとGoogleとYahoo!でキーワード検索すればいいんだということになっています。では、「すべてはGoogleから始まるでいいのか?」と。 これは「情報量が増えれば増えるほど、それらから的確、かつ効率的に情報を探し出すことが難しくなる」という状況からみると、単純すぎるように思われます。知識や資料、情報の存在は、広がり、重層化して、複雑になっているとすれば、総合的な検索エンジンのキーワード検索から始めるということにはならないでしょう。

 
     
 5.図書館は可能性を求める場でもある Top
  大串夏身教授

 では、図書館がどういうところなんだということを少し考えてみると、図書館は「可能性を求める場」であると言えます。はっきり言って、図書館が直接、何かをやって結果が出るということはないわけです。

 新しい知識が生まれるということ――例えば、アレクサンドリア図書館の周辺に工房があって、そこではもう紀元2世紀頃には、水を密閉した中に入れて温めると水蒸気というものが出てきて、それがものを動かすエネルギーに変わるんだっていうことは分かってたんですね。水を使って物を動かす方法も既に分かってた。だから、クレオパトラは自動開閉装置付きの宮殿にいたというのは事実だったらしいですね。そういうアレクサンドリア図書館の周辺では、知的なもののレベルや技術などの開発が進んでいて、我々が今、考えているようなことを既に考えていた。これはあくまでも図書館がそういったものを作り出したのではなくて、図書館を活用した人間が作り出したわけです。図書館は巨大なデータや資料などを保存している、持っている、新しいものをどんどん集めている。それはひとつの可能性にしか過ぎないわけです。

 新しい知的なものを作り出したり、地域社会のクオリティを高めていくのは、あくまで人間の可能性です。ですから、ある意味で図書館の存在そのものは、そういう可能性を(図書館を活用していただくことによって)高めていくという、これしかないわけです。図書館は利用者の役に立っている。あくまでも役に立つ可能性があるという話です。実際に使ってみたら、いい結果が出た、あるいは悪い結果が出た、ということもあります。

 ですから図書館側としては、利用者のニーズを把握して、それに合わせる形で、「こういう資料がありますよ」「こういう形で使っていただくといろんなことが分かりますよ」ということを紹介する、提案する、そういったことが必要です。

 文部科学省の「これからの図書館像―地域を支える情報拠点をめざして(報告)」の中で「課題解決支援サービス」の提案がありました。ビジネス支援、法律情報についての支援、医療・健康情報についての支援の可能性があるということだろうと思います。

 例えば、判例を検索する場合、最高裁判所も高等裁判所も、判例は全てウェブ上でキーワード検索できますけども、ある図書館で事件が起こったとします。大体、図書館ではすったもんだがあって、最終的に全部、最高裁判所までいきますからね。その事件が起こった図書館名を入れても、それでは検索できないんです。あくまでも法律名で検索しないといけない。六法の法律にこういう判例がありますよ、ということが頭に入っていればすぐに分かるんですけども、そういったところまで、きめ細かな手助けをする。それによって初めて課題解決支援サービスというのが成り立つんです。

 例えば、お薬の副作用について調べたい時、その場合は、お薬の名前、大衆薬の名前で検索できるのか、検索した結果のどこを見ればいいんだ、と。最初にずらずらずらっと出てきますよね。それで副作用というのは一番最後に出てくるわけです。そういう見方も一応、ご案内して差し上げないと分かりませんね。

 私どもは『国書総目録』をよくご案内しておりましたけれども、必ず質問があるのが、後ろに出てくる「マル活ってなんですか」です。あれは要するに、活字本になっている本のタイトルが記載されている。ところが、その活字本のタイトルがいろんなレベルで採られていまして、シリーズ名で採っているのもあるし、シリーズの第何巻とか、巻号が単に数字でしか書いていない。それを利用者が理解するのはなかなか難しい。だから、そういったところまで実際に見てご案内して差し上げると、「あ、そうか」とご自身で調べて「ありましたよ!」と後でにこやかにカウンターのところにいらっしゃいます。

 課題解決支援サービスとして、いろんな情報サイトをリストにしてお渡しする、というのはいいんですけれども、やっぱり人間がそこで介在して、ご案内して差し上げる。そうしないと周りにいろんなものがありますからね。結構、広告の中に入っちゃう方がいらっしゃいますよね。下手に広告の中に入って変なサイトに行っちゃうと、後でロシアからお金の請求が来るという世界ですから。

 それから「読書を通して“読書の習慣”を身につける」こと。これは、これからの図書館にとって非常に重要なことです。大学図書館もそうです。今の大学生ってほとんど本を読んでいませんからね。

 
     
 6.知識や資料、情報を探すことも可能性を求めることである Top
  1) 資料を世界の果てまで探しに行く
 

 図書館=「可能性を求める場」という意味では、図書館員はその“可能性”を求めていろんなことを作業する。だから、利用者に資料をご案内して差し上げる時も、利用者がそれをお使いいただいて「こういう風にいい結果を出していただきたいな」っていうのは、ひとつの可能性としての希望です。我々がする仕事というのは、必ず“可能性”なんです。こういうテーマについてのこういう本がないかな、こういう資料がないかなと、自館のOPACの検索からはじめる。なければ、世界のどこかにないか、いろいろと探してみる。

 我々の時代は――私は都立中央図書館に勤めていたんですけれども――1階の相談カウンターの奥には、ドイツとフランスと大英博物館、それからアメリカの議会図書館と、五ヵ国くらいの中央図書館の目録が並んでいたんです。そういった意味では当時は、五ヵ国の中央図書館までは探しに行くことができた。今やインターネットを介して世界の中央図書館へ探しに行けます。アメリカのWorldCat(OCLC)などを見ますと、漢字形でも探せます。我々の時代から見れば、皆さん方は遥かにいろんなものを探すことができる。

 余談ですけど、私が勤めている時、変なおじさんがいました。大英博物館のA3判のでっかい目録、持って行くのも大変で、それを寝そべってお読みになってた方がいらっしゃった。変なおじさんと思っていたのですが、それがあの有名な荒俣宏さんだったんですね(笑)。荒俣さんは、タイトルは忘れてしまいましたが、そのことをどこかの本に書いていらっしゃいます。1階の入口カウンターの奥に各国の中央図書館の目録が並んでいる…「都立中央図書館は素晴らしい」と。

 
  2) 書誌、索引の役割 やはり可能性を…
  大串夏身教授セミナー会場

 書誌・索引類も、ネット上のOPACやいろんなデータベースにしても、これはやはりひとつの“可能性”なんです。キーワードで検索して出てくるかな、それから書誌・索引類を引いて出てくるかな、という可能性です。書誌というものはいろんなものを探すときのツールとして、ひとつの物理的な単位でひとつのものを探すツールです。アメリカの議会図書館は、もっと複雑に作ってくれているから面白いんですけれども。索引というものは、本の中を探せるという非常に有力なツールです。

 ある分野を探しにいって、こういう本がある、こういう本がある、こういう本がある、ことによるとこういう本の中にあるかもしれませんね、っていう世界なんです。日外アソシエーツが刊行した、自治体が作った歴史書の索引・目次を探せるようなもの(『CD-県史誌』2006年・2007年、『全国地方史誌総目録』2007年)がありますけれども、これも完全に“可能性”です。だから、現物があるかどうかは別にして、キーワードで調べると、あるいは五十音順で調べると出てくる。

 例えば、「池田輝政の姫路入城」っていうのがありますが、そのことについての記述が、どこそこの817ページに出てくる。 ズバリその池田輝政の姫路入城について調べている場合だったら、「これにこういうのがありますよ」と利用者に紹介すると、「そういう本はどこにあるんですか」っていうことになりますので、「私どもの図書館では持ってませんけども、あそこの図書館に行けばご覧になれます」と紹介する。そうすると「いや、私はちょっとあそこまで行きたくないんだけれども、コピーを取り寄せてくれないの」っていう話になり、「コピーをお取り寄せしましょうね」となる。だから、あくまでもこれは“可能性”なんです。それでたまたま彼が考えていた池田輝政の姫路入城の記述と違うと利用者は怒りますよね、「俺の考え方と違う」とか言って。「そんなこと言われても私、困ります」っていう話なんですが、やっぱりそれはそうですよね。その次に質問があるのが、池田輝政のこの記述の根拠になっているのは何なんだということです。そうすると、注が出てる、その注についての本を持っているところに電話して、この注はどういう資料を基にしてるんですかって尋ねるわけですよね。それが図書館員なんです。

 大学図書館の中には、『CD-県史誌』を買わないところがあります。その理由を聞くと現物がないからということでした。「現物を持っていないから買ってもしょうがない」っていう話だったんです。で、私もねえ「ああ、そうですか…」と思いましたね。図書館司書の養成の内容がそうなっているのかなと思ったわけです。

 オープンアクセスや機関リポジトリ、これは素晴らしい。早稲田大学リポジトリ〔DSpace@Waseda University〕なんて見ると、この前審査を受けて博士論文になったのが、そのまま全文出てくるでしょう。今までは、わざわざそれが印刷されたものを確認して、国会図書館が持っていればそこに行って出納して、読んで、それで全文欲しいとなると、著者のところに掛け合って「全文欲しいんですけど」と言って、「実費だけでもお金払いますよ」っていうふうに言えば送ってもらえる、という世界だったのに…ただですからね。

 このようになっているのは、全体の中から見ればまだまだ少ない。もちろん国立情報学研究所の担当者の方は、あと2年ぐらいたったら、オープンアクセスは6000万件位にするっておっしゃってます。

 だから、それはそれでいいんですけれども、出てくるかどうかわからないけれど、とにかく検索をかける。つまり、現物が今、手に入るかどうかではなくて、とにかく検索をかけて、検索できた時、その結果をどうするかってことを常に我々は考える。

 書誌・索引っていうものは、いつもそうした役割なんです。だから、それは図書館の持っている本来的な可能性のレベルの話なんです。図書館でいえば、本質的なレベルの話なんです。我々はきっちりと考え方として持たなくてはいけない。レファレンスの教科書のほとんどが、レファレンスブックの紹介は事実調査から入っています。レファレンスブックという概念は、百科事典・辞典、そういう事実調査に関するもので、書誌・索引類は狭義のレファレンスブックには入らないんです。

 唯一たぶん違うのは私の『情報サービス論』改訂版(大串夏身編著、理想社、2003年)だと思うんです。図書館員というものは、人と情報や知識を結びつけるものなんですが、その結び付け方は書誌・索引類という形で、可能性を追求するところから始めるのが基本だと思います。それで尚かつ、世界を対象にした可能性を追求するものなんだということで、私は書誌・索引類から入る。その後で事実調査についてのレファレンスブックの紹介をやっています。それは、私が都立中央図書館で勤めていたときの先輩から教わったことです。都立中央図書館は書誌・索引類をものすごく大切にして、いわゆる、レファレンスブックは全部、一般書の書架の中へ入れている。ただ、書誌・索引類だけは別の書架を作って、そこで調べることができるようにしましょう、というのがあそこの考え方です。当時の状況は、今度『図書館の可能性』(大串夏身著、青弓社、2007年)という本を出しましたが、その一番最後の「司書として生きる」という項目に一部、書いておきました。これは、図書館司書の養成の問題でもあり、司書とは何かという本質的な問題でもあると私は考えています。大げさに言えば、思想性の問題だと思います。

 
  3) デジタル化したら…
 

 「書誌索引のデジタル化」「OPACのデジタル化」それから「表現物全体、全文をデジタル化」、これは素晴らしいですよね。例えば、全文検索できる。過去の時代からみると、レファレンスの幅が非常に広がった。それから「各種資料、論文、報告書等の全文デジタル化」、これも素晴らしいですよね。もちろん著作権のレベルでいろんな設定があります。ものによっては、24時間経つと消えるっていうのがありますから。ディスクに一度保存して他のディスクにコピーすると消えるというものもあります。大学あたりでは、図書館の中だったらいくらでもダウンロードできるけれど、自宅に帰って同じことやるとダメよっていうふうに言われてしまうものもあります。

 
     
 7.冷静に考えてみると… Top
 

 これはネット上のものも印刷物も全部そうなんですけれども、自分が検索しているいろんな書誌・索引類やデータベース、全文データベースが、それぞれ対象となっているものがどういうもので、どういうところからデータを採ってきて、どの範囲までが検索できるのかっていうことは冷静にいつも考えておかなくてはいけない。その範囲以外のものは、次にどうやって探すのかっていうことも、考えておかなくてはいけない。

 当然、索引もそうです。例えば、私が勤めた都立中央図書館の場合は、どこにどういう索引があるかというのをカードに作っていました。かなり膨大なカードがありました。それはこういうことを調べるんだったら、まず索引から調べましょうっていう考え方ですよね。だから索引のカードだけ別に採ってたんです。天野敬太郎先生が昔、百科事典を横断的に検索できる索引を作りましたけれども、やっぱりそういったものが要る。コンピュータ化っていうのは、実はそれが非常に容易にできるんですよね。使い方によっては、図書館員の可能性をものすごく広げるものとして使えます。例えば、デジタル化されていないものでも、そういう索引集をかき集めてきて、バーッと入力してしまって五十音順に並べ替えて、どこの本のどこに出ているかということが分かるようにしとけば、良く分かる。

 それから、雑誌記事索引が作られている範囲、書誌情報等から本文の入手の経路、これはいつも頭に入れておかなければダメですよね。特にネット上から手に入るかどうかっていうのは、我々はいつも念頭に置かなてはいけない。次々と新しいものが出てきますから、いつも見ておかなくてはいけない。

 今、江戸東京博物館で夏目漱石の資料の展示をやってますが、東北大学のサイトに行くとデジタル化されて見られるでしょう。夏目漱石のノートも全部デジタル化して。こういうノートを書いてイギリスではノイローゼになりながら勉強してたんだ、っていうのも分かります。論文なども、この前まで手に入らなかったんだけれども、今は機関リポジトリで手に入るっていうものが、どんどん出てきているわけです。

 
     
 8.図書館員はどのような準備が必要か? Top
  大串夏身教授セミナー会場

 図書館員は、図書館で入手できる資料、知識、情報を利用者の方にお渡しする。そこでは、利用者が自分で探すことができるようにしてお渡しをするという視点が必要です。

 それからあとひとつは、解説する、説明すること。こういう力が必要です。簡単に言いますと、国立国会図書館のOPACを検索するにしても、利用者に「じゃあなんでこの項目を検索するの」って訊かれたら、「ここで検索するとこういう良いことがあるんですよ」と説明できるようにしておかないといけない。訊かれた時に「いや、それは専門家の勘ですよ」なんて言っちゃマズイ。

 職業人としては「勘」を働かせることは実務の中でよくあります。しかし、利用者の方から訊かれたら、ちゃんと説明できるようなトレーニングを日頃からしておく。ということは、それぞれの項目であるとか、資料の検索できる範囲、検索するときの注意事項、それからAND/OR/NOTで検索できるかどうか、前方一致の検索の時にどういう記号を使うかなどですね、そういったことは一応、自分で勉強しておかなくてはいけない。自分だけじゃなくて、図書館の人たちがみんなができるようにしておかなくてはいけない。

 特定のテーマに関して効率的に探し出す方法を開発する必要があります。つまり、個々のデータベースの検索にとどまらず、様々な検索のツールを一定の視点で効率的に探せるように「編集」しておかなければならない、あるいは「組織」しておかなくてはならない。私が今、NPO図書館の学校の「あうる」という雑誌に連載してますけども、例えば、教育関係の資料や情報を探す時にはどういう手順でどういうふうに探したらいいのかっていうことは、チャート図にしておいてパッと見て分かるようにしておくといいと思います。

 レファレンスの仕事で何か見たいなって思うのは困った時なんです。利用者から何か言われてよく分かんないから混乱している時なんです。そういった時にチャート図でパッと見れば分かるという形にしておくと安心できる。利用者の方にそれを見せると、「あ、そうか。こういうことなんだ」って、にっこりするわけです。こちらは全然分かんなくても(笑)。これ、重要なんです。利用者がにっこりしたところで、「あ、そうか。これをちょっと説明すれば利用者はある程度、満足するんだな」と思って、少し冷静になれる。「こういうことでこういうふうに探すんだったら、これを探せばいいですよね」と、それを指さしてね。それで利用者の方に探していただく、あるいは自分がまた一緒に探すということにすればいい。ちょっと図面をつけておくっていうのがミソなんです。

 図面付きの、この2つ(「あうる」『チャート式情報アクセスガイド』)ですが、私に著作権があるんですけれども、いつも私の場合は著作権フリーで皆さんに使っていただこうと。『チャート式情報アクセスガイド』(大串夏身著、青弓社、2006年)、この前身は1992年に出したんですが、良く出来ていて、自分で言うのもなんですけれども(笑)。あんまり古くなったんで絶版にしたんですが、「今になっても問い合わせが来る」ということで出版社の社長に言われて作ったものなんです。1992年版では文献がかなり入っていたんですけども今はインターネットですね。主要なところは、インターネットをベースにしながら印刷物も合わせて使うやり方になっています。

 
     
 9.調べ方の案内の作成と提供 Top
 

 去年、国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」の中にある、「調べ方のマニュアル」に関する冊子を作りまして――これはインターネットからダウンロードできますし、日本図書館協会でも売っていますので、それを読んでいただいても結構です。これから、レファレンスの質を高めるのであれば、「調べ方の案内」あるいはパスファインダーというものを、つまり、特定のテーマについて調べ方はこういうふうにするんですよっていう、図書館としての考え方を持っておく必要があると思います。

 一つの例としては、国立国会図書館が今「テーマ別調べ方案内」をアップされてます。あれは国立国会図書館の人たちが、いろいろとレファレンスの仕事をしてて、いろんな事例を受けて、その中で作ってきた。約800のテーマについてもう手元にあるそうなんですけれども、それを今整備して順次公開している。今350位にまでなりましたかね。国立国会図書館の資料と、それからアクセスできるインターネットなどの情報源を合わせて紹介しています。インターネット情報源は、皆さん方もアクセスできますので、是非お使いになるといいと思います。

 
     
 10.職員のトレーニングが必要 Top
 

 一番最後の方に職場のトレーニングが必要と書いています。事例としては「レファレンス協同データベース」に実際にいろいろとありますので、その中の事例を取り上げていただいてもいいですし、それから日外アソシエーツの「レファレンスクラブ」っていうサイトがありまして、そこにもデータベースを作ってあります。レファレンスクラブの方も国会図書館と同じように、分からない質問については掲示板に流して、みんなが答えるっていうシステムを持っています。レファレンスクラブは、実は私が最初、立ち上げる時にせっせとやったんですけども、それで国会図書館の方もやっていて、それぞれ違いもありますのでね。それぞれのいいところを皆さん方がお使いいただければと思います。

 これから図書館が変わろうとしている――まあ社会全体が変わろうとしているので、図書館も変わっていくわけですけれども――そういった時にですね、何が言われているかというと、もう管理運営の方法の話ばっかりなんです。要するに人件費を少なくして効率的にやろうっていう話でしょう。それはマズイ。

 専門職を育てないと日本の図書館は良くならない。私は今、すごく基礎的なところの考え方を少しお話ししただけですが、こういった基礎の上に立って、具体的にもっと展開しなければいけないことがいくつもあると思います。それを開発しながら、考えながら作り出していくのは、図書館員の専門職の集団の仕事だと私は思います。

 前述の、ハワイの大学の図書館司書の方々の「図書館に未来はあるか」っていう話ですが、ものすごくあるんですよね。それは、自分たちが考えた企画というものをいろんなテクノロジーを使って展開して新しいサービスを作っていく、それによって人間の可能性を高めていくというところで、未来はあるわけです。それは日本でも同じなんです。これからの図書館のレファレンスを考えるのであれば、きちっとした人たち、専門職集団が作っていく。専門職集団が自分たちの仕事を作っていくためには、正規であれ委託であれ、ある程度の社会的な処遇を受けないとマズイんです。社会的な処遇のひとつの表現として、ある程度の基本的なサラリーをきちんともらったうえで仕事をしていく、というのは当然です。ただ図書館のサービスについては、残念ながら、社会的な認知はまだそこまではきていないと、私はそう思っています。

 そのためには、これからの図書館というのは、既存のツール、そしてこれから作られるであろういろんな索引や書誌なども組み込みながら、尚かつインターネットも一緒に使いながら、新しいサービスというものを開発していく、作っていく。利用者のニーズというものをきちんと受け止めながら、そこに積極的に図書館側から提案していく、というのがひとつの方法だと思います。ですから、「ニュースレファレンス」であるとか、調べ方の案内であるとか、パスファインダーであるとかですね、そういったものがそういった新しい提案の基礎になると私は思います。

 その場合、直接的な結果が出るというよりは、図書館はひとつの可能性なんだということをいつも考えておく必要があります。それも利用者が自分の身の回りのいろんなことを図書館を使っておやりになるという中での可能性。だから1人の人がすごく上手くいったということもあるし、地域社会がとっても良くなっていくということもあるし、ひとつの会社がとっても良くなっていく、学校がとっても良くなっていく、っていうこともある。結局、それは日本全体が良くなっていくんだということですよね。

 だから1人の人、例えば大学の場合だったら、きちっとこういったことを調べたり行動できるような社会人として卒業していって欲しい。社会に出ても大学の図書館を使うのと同じように、社会の中のいろんな資源、図書館を使って、仕事ができるように、あるいは生活ができるようになって欲しい。、そういった人を1人でも多く送り出せば、それだけでその人たちの可能性が広がるわけですよね。そういう可能性が広がれば、より良い社会というのが登場してくる可能性がある。これは可能性なんです。

 
     
 質疑応答 Top
  【質問】  

 索引のところで、「目次から索引を採る」ということがかなりあるようですけれども、自分が習ったところでは、目次と索引は役割が違うのではないかと思います。目次を全部採ってそれを索引とするという考え、それと件名が今すごく役に立たないと言われている、でも国会図書館はそれを頑張ろうとしているような気がするんですが、そのことについてご意見を伺えますでしょうか。

 
   
  【大串先生のご回答】

 なるほどね。「索引」っていう言葉はとっても広い概念で使ってますよね。だから、私もそういったことはあります。

 江戸東京博物館の委託研究の中で、『東京市史稿』の索引を作るという話がありました。私たちが考えたのは、実際に個々の綱文や史料の中をみて、索引を作るということで提案をしましたが、公文書館でも作るので二重になるということで却下されました、。実際に公文書館の方で作った索引は、今おっしゃってるように目次の中のキーワードを拾っただけなんですよ。それは索引とは言わないんですよ、そんなの。

 やっぱり中をみて、本文中の重要な言葉を拾い出していく、あるいは、網羅的に拾い出してきて、それを五十音順に並べて、どこにあるのかっていうことを分かるようにしたものが索引であって、目次だけから引っ張り出してきたものを単に並べるっていうのは、私は索引とは言わないんじゃないかと思いますね。索引というのは、本の中のものを探す道具だと思います。だから、目次の大項目よりも下のレベルのいろんな見出しなどを使っていいと思うんですけれども。そういう、より深いレベルで、あるいは本文に即してキーワードを拾ってきて、それで並べたものを索引と呼ぶというのが普通だと思うんですね。

 それからもうあとひとつ、件名、これは配付資料の中でも私がちょっと書いてますけれども、国立国会図書館はそれなりに頑張っておられます。だからそれはそれでいいと思うんです。あとはアメリカの議会図書館のSubject、つまり件名索引はすごく詳しいですよね。使い方として、アメリカの議会図書館は、ニューカタログの部分だけですが、書名・著者名を漢字で検索できるようになってますので、そこで一発検索をかけて、それでSubjectのところを見て、Subjectでもう一度検索をかける。そうすると、日本の国会図書館よりも詳しいレベルでの特定テーマについての本の書誌の集合ができるということがあります。

 そういった意味では、「こちらがレベルが低くてだめよ」とかそういう話ではなくて、いろんなレベルがあって、それを我々が知っていて、利用者のいろんなご希望に合わせて使い分ける、あるいはみんな集めてきてご紹介する。そういう利用者の求めるものに応じて、そういうのを上手にご紹介して差し上げるって方が私は重要だと思います。

 
     
 
大串 夏身 (おおぐし・なつみ)

昭和23年、東京都生まれ。早稲田大学卒。
東京都庁に勤務。企画審議室調査部を経て、平成5年3月退職。同年4月昭和女子大学短期大学部助教授。9年昭和女子大学教授。19年3月大学院生活機構研究科教授。専門は、図書館情報学、江戸東京学、日本近代史。
著書に「これからの図書館―21世紀知恵創造の基盤組織」「文化系学生の情報探索術」「図書館政策の現状と課題」「DVD映画で楽しむ世界史」「チャート式情報アクセスガイド」「図書館の可能性」、共著に「中島みゆきの場所」、共編著に「江戸東京学研究文献案内」などがある。

 
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