飯澤文夫 氏(元明治大学図書館勤務 明治大学史資料センター研究調査員) 受賞のことば

 この度は図書館サポートフォーラム賞に選定いただきまして、誠に有難うございました。

 先程、講評の中でもお話しいただきましたが、私がこの仕事について32年になります。名著出版が1973年に創刊した、「歴史手帖」という月刊雑誌を、私は創刊号から購読していました。そこに「地方史雑誌・文献目録」の欄があり、縁あって1979年5月から、この欄の編集を担当することになりました。

 岩田書院の岩田さんは、その当時、名著出版におられ、書誌というものの重要性を、大変によく理解、認識されている編集者でした。私が学んだ書誌作成の指導者である早稲田大学図書館の深井人詩さんと懇意にされていて、深井さんを介して岩田さんと親しくなりました。

 「歴史手帖」は1997年2月に休刊になってしまうのですが、独立して岩田書院を立ち上げておられた岩田さんは、「この仕事は絶対に続けなくてはいけない。20年間続けてきた地方史の文献目録の仕事を消してはいけない。そのために自分の出版社で、継続するための情報誌を出そう」と、「歴史手帖」の休刊から僅か4ヵ月後の6月に、雑誌「地方情報誌」を創刊されたのです。

 そして、99年からは累積版として『地方史文献年鑑』が刊行されることになりました。出版不況の中で、売れることがそれほど見込めないものを、あえて出版するという決断をされたのです。非常に強い意志と情熱を持っておられました。本来、顕彰されるべきは岩田さんではないかと、心から思っております。

 もう一人、かつて、名著出版の編集者で、独立して「白鳥舎」という編集工房を興した長野県在住の白鳥さんという方がおります。岩田書院に目録の仕事が移ってから、白鳥さんがデータ入力・加工処理と版組・編集をしてくれています。名著出版の時代は、毎月、原稿用紙に200枚とか300枚を手書きで書いて渡すという作業をしていたのですが、白鳥さんのお蔭で、今はその大変な作業から解放されました。岩田書院のホームページでデータを公開することも出来、その後の発展にもつながっていったのです。白鳥さんにも、非常に感謝をしておりまして、この三人でいただいた賞だと思っております。このことを是非、記録にとどめていただきたく、紹介させていただきました。

 申すまでもないことですが、全国の郷土史研究団体の皆さんからの雑誌と情報の提供によって、この仕事は成り立っています。最新の年鑑には、二千誌を超える雑誌を掲載しておりまして、それらの団体と常に連携を取り合っています。支援をいただいている沢山の方たちにもお礼を申し上げます。

 東日本大震災では青森から茨城まで、平素協力いただいている方々や研究団体、県立図書館も沢山被災されました。石巻や南相馬の団体とは、未だに連絡がとれません。やっと2、3日前に福島県のいわき地方史研究会と電話で話すことができました。幸いなことに死亡された方はいないとの事だったので胸をなで下ろしています。しかし団体は機能停止をしてしまっていて、いつ復興できるかわからないと聞かされました。地域資料が、どうしてなってしまったかも心配され、一日も早い復旧を祈るしかありません。

 ところで、この賞をいただきまして、大変に嬉しいことが三つあります。

 一つは地方史という、なかなか評価されることが少ないマイナーな世界に目を向けていただいたことです。国立国会図書館の「雑誌記事索引収録誌一覧」と『地方史文献年鑑 2009』で、岩手県と宮城県、福島県の3県をざっとチェックしてみました。年鑑では3県で96誌を採録していますが、「雑誌記事索引」の採録対象誌はその内の13誌だけで、14パーセントにしかなりません。それも、各県にある大学の史学・民俗系紀要とか、県立博物館の研究報告、考古学会の研究誌といったものに限られ、圧倒的多数の、在野の郷土史家たちが出している雑誌は、少なくともこの3県に限って言えば、1誌もありませんでした。

 例えば、福島県の「会津史談」は1931年の創刊で、毎号200ページを超え、80年以上も続いている大変に立派な雑誌です。また、「仙台郷土研究」のように、東北地方を代表し、地方史研究をリードしてきた雑誌も採録対象になっていませんでした。これは非常に残念なことです。私たちの仕事はそうしたものを丹念に拾っていくことに意義があるのだと考えております。

 後の二つは私的なことなのですが、私が図書館員として、あるいは書誌作成者として大変お世話になり、尊敬している深井人詩さん、松下鈞さん、平井紀子さん、大森一彦さんという方々と名を連ねることができたことです。

 大森一彦さんは一昨年の受賞者で、仙台に住んでおられます。震災以来、二日に一度位、電話や手紙でやり取りをしていますが、幸いにお宅は大丈夫で、お怪我もなく、本日ご出席の皆様に、元気にやっていると伝えて欲しいとの伝言でした。この場を借りてお伝えしておきます。

 今ひとつは、図書館サポートフォーラム賞の、「社会的に意義のある図書館活動を表彰する、そして、図書館活動の社会的広報に寄与する」という目的です。私は1980年に「書誌索引展望」の仕事で、深井編集長に同行して、内閣文庫の専門官であられた福井保先生にインタビューさせていただきました。その時に福井先生は、図書館員というのは、書庫の中を自由に歩き回れる、いろいろな資料を自由に見ることが出来る、これは図書館員の特権である、その特権で得た知識を、利用者に提供するのが図書館員の義務であると言われました。

 その後、ずっとそのように出来たかどうか自信はないのですが、30年間、福井先生の言葉をいつも胸に温めて仕事をしてきたつもりです。図書館員として得た知識やスキルを活かし、地方史に関する情報を世間に発表し続けてきたのは、やはり社会的意義ということを意識していたからです。そういう観点からもこの賞に選んでいただいたことを嬉しく思っております。

 最後になりますが、今、図書館員時代の恩師である柳田国男研究者の故後藤総一郎先生は、地域の歴史を学ぶこと、その経験を普遍化して、より良い共同体を作っていくことが大事である、と常に言われたことを思い起こしています。

 本日皆さんにお配りしたペーパーは、仙台の郷土史家の方の研究と、陸前高田市の長洞地区という地域の報告です。郷土史家の研究は、16年も前に過去の歴史を調べて、今回のような被害が起こり得ることを警告しています。しっかりと社会の中で取り上げられることがなかったことは、非常に残念なことです。長洞地区の場合には、古老たちを中心にして、これまで培ってきた祭りや葬式など生活の経験に学び、その知恵によって震災被害を乗り切ろうとしています。

 そういう人たちの為にも、研究の記録をしっかりと残し、情報提供し、今後に活用してもらえる場を作っていきたいと思っています。この仕事が地域の人たちの、いささかでも支えになることを願うと共に、岩田書院さんが今後もずっと継続してくれることを信じて、一層力を尽くしていくつもりです。

 ありがとうございました。