鳥海 恵司 氏((株)トッカータ) 受賞のことば


鳥海恵司氏 この度「図書館サポートフォーラム賞」をいただいたことに、厚くお礼を申し上げます。そして、これまで共に歩んできた仲間に感謝したいと思います。

 私の受賞理由は音楽資料を中心とした書誌・典拠データベースの構築と標準化に携わってきたことと理解していますが、数十万件に及ぶ大規模なデータベースの維持管理など個人の力だけで実現できるものではありません。

 私の本業は、いわゆるカタロガーという職種ですが、言わば裏方の仕事です。私は図書館職員を大昔に卒業しましたが、カタロガーの多くは、図書館のバックヤードで毎日・毎日、モノと対峙してメタデータと呼ばれるものを生産しています。図書館全体としてはサービス業、接客業と考えていますが、その意味ではカタロガーという人々はやや異質な存在であります。時には偏屈な人が多い仕事と思われたり、また、その仕事ぶりが職人の世界のようだ、と言われることもあります。

 私がいわゆる目録と呼ばれる世界に足を踏み入れたのは、図書館職員になって5年目、視聴覚資料係という小さな部署を任された時で、AACR2 が現れる1年前のことです。語学のカセットテープ中心の資料数1000点、という小規模なコレクションを学生に提供する部署でしたが、目録は未整備で、その構築も重要な使命の1つでした。ただ、当時の目録規則 AACR1 では、メディア系の扱いは僅かで、とても実用に耐えられるものではありませんでした。

 その後、AACR2 が出版され、最初の輸入ロットのうちの1冊を入手することができ、ここから目録規則との長い付き合いが始まりました。

 始めに行ったのは規則本文の翻訳です。とは言っても視聴覚資料の目録作業で最低限必要な、記述総則と録音物の2つの章だけですが。

 この同じ年、芸術系の分館に音楽録音物の購入予算が付き、年間1,500件程の目録作成も担うようになりました。音楽資料の目録作業では作品の題名までコントロールする必要があり、これにはタイトルの本体とそれ以外の要素を区別する、とか、個有名のタイトルと音楽形式やジャンル名と同じタイトルとの二重基準、番号や演奏手段の形の統一や順序、などなど、決め事が多く随分鍛えられました。必要に迫られてアメリカの議会図書館や音楽図書館協会が発行する目録関係の雑誌にも目を通すようになり、標目や統一タイトル、現在は典拠形アクセスポイントと言いますが、これらの変更の多さに驚いたり、適用細則のうち仕事に必要な部分を翻訳しているうちに、必要な道具は自分で作る…という、まるで職人の世界のようなことになっていきます。

 その後、大手取次の図書館センターの所長さんから声が掛かり、私の図書館職員時代は終わり、現在の職業に転職するわけですが、当時は目録カードからMARCと呼ばれる電子データに移行が始まったばかりで、最初は目録カードを印刷するシステムを設計する必要に迫られ、MARCデータの入れ物、これをフォーマットと言いますが、その入れ物も設計しました。この時、ISO 2709: 磁気テープによる書誌情報交換用フォーマットという国際規格を、これも必要に迫られて翻訳しました。このお陰で、出来上がった国際標準に則ったフォーマットは大きな変更をすることなく、Toccata のクラウド・システムで現在でも使われ続けています。

 1980年代の後半は、コンピューターが急速に進化して、小さな体育館ほどのスペースが必要なメインフレームと呼ばれた大型コンピューター・システムでなければ処理できなかったことが、小さなコンピューターでも実現できるようになっていきます。当然のように外部にアウトソーシングしていた処理を、コストカットのために社内処理することになり、目録環境と製品出力の基本設計を、他に人がいなかったため引き受けることになり、2,000ページほどの仕様書を書きました。このシステムは1990年からハードウェアの交換ができなくなった2010年代初めまで動いていました。この間、国立音楽大学図書館の初代の図書館システム LS/1 の基本設計にも携わりました。現在 Toccata で運用しているクラウド上の目録システムと検索・ダウンロード・システムは第三世代と呼ぶことができます。

 このように、本業の目録作業を行うための基盤整備から、入力マニュアル、演奏手段のリスト、件名目録やジャンル・形式用語のマニュアル、と言った細々とした文書を作って来ました。このうちの幾つかは出版にも繋がりました。これらは国立国会図書館の NDL Online で検索することができます。

 今回の受賞は、このような図書館サポート的な活動が評価されたのかも知れない…と密かに思っております。

 これを第22回図書館サポートフォーラム表彰式でのご挨拶とさせていただきたいと思います。ありがとうございました。